哲学舎という名の美術館館長が綴る草想ブログ


by lampnosizuku
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彼岸が過ぎたというのに、春は何処へやら・・・。
先週には、何と名残の雪が数センチも積もった。

ここ数日は、さすがに冬もあきらめたのか
春の勢いが勝っている。

三寒四温から二寒五温へと、替わってゆくのがわかる。
それに合わせるかのように、花木たちも春を纏い始めた。

遅れていた梅が、やっと七分咲きとなり
ウグイスもうれしそうに鳴いている。

虫たちも敏感に反応して、忙しそうに歩き回っている。
シカ君もサル君も姿を見せ始めた。

バラを始めとして、花木たちが一斉に葉芽や花芽を膨らませている。
寂しかったガーデンが、日毎に生き生きとしてゆく。

自然のいのちの営みを、肌で感じる季節がやって来たのだ。
草抜きをしながら、土の中をのぞいてみると、いろんないのちが息づいている。

春は、なんだか無条件に嬉しいもののような気がする。
きっと、私たち人間の内にも、春を待ち望む目には見えぬいのちが息づいているからであろう。

素直に、春を喜びたいものである。
そして、生かされているいのちの不思議さと有難さに思いを馳せたいものである。

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by lampnosizuku | 2012-03-29 21:46 | daily

足踏みする春・・・


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昨日は、朝から少し暖かい風が吹いて
ようやく春が実感できそうだと喜んでいたら、夕方から急に冷え込んで来た。

今日は、また肌寒い一日となった。
朝は池にも氷が張って、冷え込んでいる。

灯油は、もう買わなくていいと思っていたが
なくなってしまったので、仕方なく購入する。

困ったものだ。また値上がりしている。
ガソリンも毎日のように上がってゆくし、どうしたものやら。

米国の大統領選挙が近づくと、原油が値上がりするという。
そんなうわさが信憑性を帯びてくるとは、どんなカラクリがあるのであろうか。

とにかく、早く暖かくなってほしいものである。
ガーデンの草木や虫たちも、それを待ち望んでいる。

昨日の暖かさに梅が反応したのか
今日は、やっと五分咲きまで花開いている。

しだれ桜と寒緋桜も、少しだけ蕾を膨らませているが
開花はまだまだ2~3週間先の気配である。

こんな冷え込みが続いては、来館者が少ないのも致し方ない。
「暖かくなりましたね」という会話が、早くしたいものである。

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by lampnosizuku | 2012-03-22 22:09 | daily

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明後日は、早くも彼岸である。
一週間前には、名残の雪が積もっていたが今はもう解けてない。

今年の春は本当にスローペースである。
例年なら、とっくに咲いている梅も、まだ三分咲きである。

昨日までは、零下の朝が続いていたが
今朝初めて、零度を上回った。

木々たちは、実に敏感である。
今日のガーデンは、一気に緑を増している。

鳥たちも、なにやら賑やかである。
もちろん、おじゃま草たちも元気に伸びだしている。

毎日毎日、抜いても抜いても・・・何処から生えてくるのだろう。
また当分は、彼らとのバトルが続く。

草抜きは大変だが楽しみもある。
草の陰から顔を出し始めた、かわいい新芽たちに出会えるからである。

硬い土の中から、新芽を出す花たちの力強さにはいつも感心する。
芽を出したかと思うと、次の朝にはもう花を咲かせるものもいる。

花たちのいのちの不思議に立ち会えることは
いろんな意味で有難いことである。

自然相手に暮らしていると、本当に学ぶことが多い。
そこには、単純明快な真理が当たり前にある。

人間から学ぶことも、もちろん多々あるが
単純明快というよりは、かえって複雑怪奇な理屈がまかり通っている気がする。

自然は嘘をつかないし、言い訳もしないし、摂理には逆らわない。
残念だが、殆どの人間はその逆である。

おそらく、人間はそういう存在として創られているのかもしれない。
だからこそ、宗教や律法が産み出されて来たのであろうか。

だが、人間の我欲は、宗教や律法をも凌駕する悪魔性を持っている。
争いや殺生を戒める宗教の名の下に、戦争や殺戮を平然とやり遂げるのである。

神代の時代から現在までの世界情勢や経済情勢を見るまでもなく
人間の精神が、その人類史の中で進歩して来たと云えるのであろうか疑問である。

今の社会情勢には、言葉に表せぬ閉塞感が蔓延しているような気がする。
震災や放射能問題がきっかけとなっているが、根はもっと深いところにあるであろう。

今や、人間の知の限界が問われているのかもしれない。
学ぶべき相手を見失っているのかもしれない。

一粒の種から学び直すことを、今からでも始めたいと思う。

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by lampnosizuku | 2012-03-18 23:37 | daily

なごりの雪化粧か・・・


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昨夕から急に冷え込んで、ちらほらと雪が舞っていた。
夜半には、大粒のボタン雪がその勢いを増し吹雪きさながらであった。

案の定、今朝のガーデンは7~8センチの積雪である。
降り続く雪の中に、時折ヒョウが混じり風も強い。

三月の雪は珍しくもないが
今日の降り方は、真冬のそれであった。

彼岸頃には、名残り程度の雪が降ることもあるが
こんなに積もると、風情を楽しむ暇などなく、花たちを護らねばならない。

厳しいなごり雪となった。
明日も冬型配置らしいから、梅の開花がまた延びそうである。

暖かい春を待ち望んでいるのは、もちろん人間だけではない。
花木や虫や動物たちも、じっと待っているのである。
寒さが厳しければ厳しいほど、その温もりの有難さが分かる。

............

哀しみが深ければ深いほど、生かされているいのちの有難さが分かる。
昨日で、東北の大震災から一年が経過した。

この災禍の哀しみの中で
果たして、私たち日本人の叡智は進歩したのであろうか。


人間である以上、理由が何であれ死を避けることはかなわない。
いつも、死というものに向き合う覚悟で生きるしかない。

森羅万象が無常である以上、死の側に身を委ねて生きるしかないのである。
それは、別に哀しむべきことではなく、意識すべき当たり前の現実なのである。

若い頃は無理かもしれないが、歳を重ねてくると
それを意識せざるを得なくなり、突然の訃報にも冷静さを失わないでいられるようになる。

と同時に、明日は我が身かも知れぬと意識せざるを得なくなり
今を生かされていることに、改めて感謝し、自分が生きてる意味を考えずにはいられない。

だが、この生きている意味というのが中々難しいのである。
若い頃は、「自分が生きる」とはどういうことなのかばかりを考えていた。

その視点に立つと、今でも答えは見つからないでいる。
自分が中心だからである。

不思議なことに、歳を重ね、訃報に多く接してゆくと
「自分が生きる」という問いは、「自分が生かされている」という問いに変わってゆく。

生きている自分ではなく、生かされている自分に気付かざるを得ないのである。
何によって、何のために、今を生かされているのであろうか。

そのように客観的に自分を見つめることが
自分の存在意義に少しでも近づくことができるのではないかと思う。

どんな理由であれ、意味のない生はないであろう。
震災による死を免れた私たちは、その生かされたいのちの意味を問われているのである。

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by lampnosizuku | 2012-03-12 23:00 | daily

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一日中降り続いた木の芽起こしの雨も止んで
昨日は、朝から暖かい陽射しがガーデンを照らしていた。

メジロのペアやヒヨドリのペアは、とても仲良しであり
毎日のようにガーデンに遊びに来る。

ガーデンの草抜きをしていたら、森の方からケキョケキョ・・・
もうウグイスがと思っていたら、ホーホケキョと鳴いた。

初鳴きである。
梅は、今年はまだ蕾が固いままだというのに。

今年は、本当に春の訪れが遅い。
木の芽たちは少しずつ膨らんでいるが、花たちはまだ戸惑っている。

クリスマスローズやスノードロップは元気に咲いている。
スイセンも、あちこちで花芽を開いて来た。

ノイバラは葉芽を膨らませて、少しずつだが葉を出している。
遠くから見ていると、ガーデンの色彩が明らかに変わって来ているのが分かる。

芝生の中では、クローバーやオジャマムシの草たちが元気である。
今日は、朝から草抜きに追われていた。

これから、お盆辺りまでは、草抜太郎に変身である。
膝が完治していないので、またまたワンワンスタイルでの草抜きとなる。

そろそろ虫君たちも、元気に飛び回るであろうし
賑やかな春の訪れと共に、忙しい作業の日々が続く。

・・・・・・・・・・・・

ここに引越しをしてから、まる8年が経つ。
巡り会わせなのか、偶然なのか、昨年の秋頃から、いろんな物が壊れる。

車の廃車に始まって、漏電、屋根雨漏り、パソコン故障
そして大雪で、バラアーチ、湯沸かし器、トイレの水道管がやられた。

思わぬ出費に参っているが、何とか落ち着いたところで
一昨日は、デジカメが急に壊れた。 診てもらったが寿命みたいである。

ブログの写真が撮れないので困ったものだが
Yさんが来てくれた時に、デジカメを拝借して撮り溜めをするしかない。

という訳で、今日は新しい写真がないので
以前のものから拝借する。

もうこれ以上、いろんな物が壊れないで欲しいと祈る気持ちでいる。
幸いにも、こころや身体が壊れないだけでも有難いことではあるが・・・。

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by lampnosizuku | 2012-03-08 22:51 | daily

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あまりにも寒い冬が長引いたせいか、梅の開花が遅れている。
梅林公園の梅たちも、今年はまだ花びらを閉じたままである。

哲学舎の梅は、つぼみが膨らんだというところであろうか。
開花は、まだ当分先になりそうである。

今日から三月。
哲学舎も仕事始めとなった。

昨日は、遅くまで準備に追われていたが、何とか間に合った。
予想通りとは少し哀しいが、来館者はなかった。

今年もまたゼロからのスタートであるが、焦らずやろうと思う。
おかげで、今年最初の草抜きがずいぶん捗ったのである。

草抜きをしていると、土の中から顔を出している沢山の春たちの元気な姿に出会う。
枯れ草や枯れ枝の下に隠れている春を、随分と見つけた。

虫君たちは、まだ動き出す気配がないが
モグラ君だけは、元気にトンネル造りを楽しんでいるようだ。

来週辺りからは、一気に暖かくなりそうだというから
ガーデンでの作業も忙しくなりそうである。


想い出づくりギャラリーでは、マジカルウインドウによる
野のあそび雑貨展が始まった。

春の花との組み合わせ作品が多いせいか
ギャラリーの中では、一足先の春の訪れである。

メンテの一つに、ギャラリスペースの拡大があった。
カフェの壁面の一部を、白くペイントして作品が飾れるように改装した。

窓際には、壊れた本箱を白くペイントして飾り棚に造り替えた。
陶器などの小さな作品を置くスペースが欲しかったので助かった。

カフェの雰囲気が少し若返ったかもしれない。
白い空間が増えたせいか、ちょっぴり英国風になったかもしれない・・・。

まぁ、今年はどんな年になるか分からないが
とにかく、来館された方たちに喜んで頂けるような、おもてなしを心がけたいと思う。



今朝初めて、他の花たちに先駆けて黄色のムスカリが咲いた。
春一番乗りを待ち望んでいたのであろうか、昨日の暖かさに反応したようである。

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by lampnosizuku | 2012-03-01 23:56 | daily