哲学舎という名の美術館館長が綴る草想ブログ


by lampnosizuku
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水ゆるむ


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お彼岸が過ぎて十日である。
さすがの冬も、春の陽射しに押されて遠去かりつつある。

朝の気温も、零度を割ることがなくなってきた。
肌に感ずる水のゆるみである。

それでも、朝晩はまだストーブの温もりが手放せない。
藤原岳の頂には、まだかなりの雪が残っている。

やっと、三寒四温の日々が訪れてくれた。
日毎に、春を実感できるようになって来たのである。

寂しかったガーデンも、春色に彩られて来た。
落葉樹にも、若芽が顔を出し始め、薄緑色の世界を拡げている。

梅は、昨年より10日余り遅く満開となっている。
サクランボの実が成る桜が、一斉に開花している。

ムスカリがあちこちで顔を出している。
オドリコソウも動き出している。

ノイバラの若葉が、グリーンテラスの屋根を緑に染め始めた。
モッコウバラも、日毎に若葉を伸ばしている。

モクレンの蕾が、今にもはじけそうである。
ユキヤナギも、ちらほら咲き始めている。

ミズキの淡い黄色が、春の雰囲気を増大させている。
スノードロップやクリスマスローズは、どうやら種作りに入ったらしい。

いよいよ春本番とくれば、胸躍るはずなのであるが
今春は、かの震災のせいなのか、こころは痛んだままである。

祈りの日々が続いている。

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by lampnosizuku | 2011-03-31 01:16 | daily

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彼岸を過ぎたというのに、冬はまだ名残を惜しんでいる。
今朝も厳しい冷え込みを伴って、うっすらと雪化粧である。

この前代未聞の大震災を経験し、日本中の人々は、一体何を学び
何を学んでゆこうとしているのであろうか。

天災は避けられないものかもしれないが
人災は経験知を生かせば、避けられるものである。

想定外などという言葉は、過去の失敗から学び取っていないという詭弁である。
想定そのものが甘かったという結果が招いたものである。

それは、哀しいかな人災という他はない。
確かに、想定外ばかりを前提に行動しようとすれば、何事も前に進めることは難しい。

しかし、今回の地震と津波による被害、特に原発事故による脅威は
過去の経験から、想定外のことが起こりうるという事実を、学び取らなかったという結果である。

進歩の歴史が、想定外の発明や技術革新によって成し遂げられてきたことは事実であろう。
しかし、そこには数え切れないほどの失敗があったのである。

そして、そこから築き上げられた成功も、時を経ればまた失敗をする。
進歩とは、永遠の失敗の連続であると云えるであろう。

果たして、人間はどこまで進歩すれば、満足をするのであろうか?
云い代えるならば、どこまで失敗を永続させれば、気が済むのであろうか?

経済効率優先の進歩が、破綻することは、もはや明らかなことなのに
今回の人災は、人間の浅ましさによる、哀しい性のせいなのかもしれない。

進歩が、人間に与えられた美徳の時代は、もう終わりにしたいものである。
ルソーの云う「自然に帰ろう」という呼びかけに、現代の我々が応える時かもしれない。

崩れるべくして崩れた原発の安全神話が、復活することはないであろうと思いたいが・・・。

電力の供給だけの話なら、風力発電、太陽光発電、地熱発電など
クリーンで安全な発電方式が、現実にあるというのに。

この大震災で、日本人をはじめ世界の人々は、何を学び、何を選択してゆくのであろうか。


・・・・・・・・・・・・

なごり雪が舞っているというのに
ガーデンでは、春を待ちわびていた花木たちが、一斉にささやき出している。

梅は五分咲きとなり、ボケも花を咲かせている。
ジンチョウゲが微かな香りを放っている。

クリスマスローズやスイセンも、仲間入りしたままでいる。
オオイヌノフグリが顔を見せ始め、クロッカスと並んでいる。

トサミズキやヒウガミズキも、淡い黄色がはじけそうである。
今朝、僕の好きなバイモユリが花を咲かせたので、少しこころが温かくなった。

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by lampnosizuku | 2011-03-23 22:45 | garden

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この一週間、こころは重いままである。
云うまでもなく、今回の大震災による現実を受け止めなければならないからである。

被害の甚大さや、犠牲者の方の想像を絶する多さに
経験したことのない無力感に捉われている。

自然の猛威を前にして、人間の存在が如何に小さなものであるのかを
まざまざと見せ付けられ、深い絶望と哀しみにこころが奪われていた。

原発の脆弱な危険性は、前々から散々指摘されてきたことである。
今起こりつつある深刻な事態は、天災などではなく、明らかな人災である。

人間の叡智を集め開発されたものの中で、失敗という経験をしないものは一つもない。
しかし、その中で失われてゆくいのちは、運命としか云いようがないのであろうか。

それが、人間の限界であり宿命であるというならば
人間にとって、自然死という概念は当てはまらなくなる。

確かに、自然死という言葉は死語になってしまったかもしれない。
自然の摂理によって産み落とされたいのちも、今や、自然に死を迎えることが出来ないのである。

事故死にせよ、病死にせよ、自死にせよ、不条理の中で死を受け入れるしかない。
人間でいることそのことが、哀しいものなのかもしれない。

だから、人間は夢を見、希望を抱き、理想を語るのである。
潜在的な死への畏れから、無意識に癒されようとするのであろう。

僕にとっては、身近な人の死も、災害で犠牲になった人々の死も
現実の哀しみとして受け入れるしかない。

被災して、遺された人々の悲しみは、推し量ることも出来ないが
明日は我が身か、お互い様の気持ちで、少しでも出来ることで支援するしかない。

こんな田舎でも、あちこちに義援金箱が置かれている。
見かける度に、わずかな小銭を入れることしか出来ないが
塵も積もれば山となるである。

天才も人災も、忘れた頃にやって来る。
備えあれば憂いなしであろう。

いつ死が訪れてもいいように、こころや意識を備えておくことを
再認識させられた、今回の大震災であった。

・・・・・・・・・・・・

お彼岸も近いというのに、なごり雪が毎日のように舞う。
蕾を膨らませた梅も、戸惑っている。

三週間前から家出した、猫のシャガール君は戻らないままである。
ダヴィンチ君も、地震の後から家出してしまった。

今年の春は、心の中にまで春雷を落としたようである。

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by lampnosizuku | 2011-03-19 01:00 | daily

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三寒四温という言葉が当てはまる頃なのだが
どうやら、今年の春はまだ遠くにいるらしい。

先週から始まった、近くの梅林公園での梅祭りも
まだ三分咲きらしく、人出は芳しくないらしい。

それもそのはず、昨日今日と雪がちらついている。
今夜も少し吹雪いて、ガーデンはうっすらと雪化粧である。

それでも、ガーデンを散策してみると
フキノトウがあちこちで顔を覗かせている。

味噌汁の具には、もってこいの按配で咲いている。
明日の朝に摘んで、旬の味を味わうことにしよう。

ガーデンでは、雪に負けまいと春の息吹が賑やかな音を立てている。
クリスマスローズやスノードロップがたくさん咲き、クロッカスも元気である。

梅や彼岸桜は、まだ蕾を赤くしたままであるが
イバラたちは、緑の葉を元気に伸ばし始めている。

ボケが、今にもはじけそうであるし
ブルーベリーやミズキたちは、その蕾を輝かせている。

雪柳は、白い顔を少しだけ覗かせているし
ジンチョウゲは、いまにもはじけそうである。

確かに春が近づいているのであろう。
肌に感じる寒さとは裏腹に、目に映る春の色彩に、こころが温まる時間が増えてゆく。

僕にとっても、本当に厳しかった冬が過ぎ去ろうとしている。

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by lampnosizuku | 2011-03-10 00:10 | daily

泉重秋写真展始まる


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昨日の午後から小雪がちらついていた。
今朝はガーデンも薄化粧である。

春の到来を喜んでいたのも束の間、厳しい冬が名残りを惜しんでいる。
まだ数日は冷え込みそうである。

そんな中、朝のガーデンで、クロッカスを一輪発見した。
冬色に染まっていたガーデンに、鮮やかな黄色で春を告げている。

三寒四温の日々も、もうすぐである。
梅も、かなり蕾を膨らませている。

春が確実に姿を現しつつある。
それに引き換え、冷え込んだ僕の身体と懐に、春が来るのはいつであろうか。

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by lampnosizuku | 2011-03-03 22:44 | daily

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明日の2日から、いよいよ2011年度がスタートする。
この二ヶ月のメンテナンス作業で、身体は疲労困憊である。

今日も、雨の中、Yさんと最後の仕上げ作業に追われていた。
夜は、室内の開館準備で息つく暇もなかった。

泉さんの、写真展のディスプレイも何とか間に合ったが
バタバタしていて、仕入れを忘れたものがあったので、情けない。

まぁ、何とか無事にスタートできそうである。
明日からは、じっくり落ち着いてのんびりやろうと思っている。

かなり雰囲気も変えたので
やはり、昨年よりも多くの方に来ていただき、楽しんでいただきたいと思う。

ガーデンにも不思議なオブジェを沢山忍び込ませたし
グリーンテラスで食べるお弁当も、きっと美味しくなると思う。

お天気の良い日には、ガーデンカフェで楽しんでいただきたい。
ガーデンの花木たちも、皆さんのお越しをお待ちしているそうです。

どうぞ、今年も芸術の森マフィーで、新たな自分を発見なさってください。

・・・・・・・・・・・・・

1Fの「想いでづくりギャラリー」では、3/2~31 泉重秋さんの
写真展「ラビリンス京都」を開催しています。
お弁当でも持って、遊びにいらしてください。

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by lampnosizuku | 2011-03-01 22:54 | daily