哲学舎という名の美術館館長が綴る草想ブログ


by lampnosizuku
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春よ来い



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今日は、寒さも一段落したのか、早春のような暖かさであった。
こんな日は、外での作業を集中的にするのが得策である。

バイトとメンテナンス作業で、かなり疲れが出ている。
ブログの更新をと、PCの前に座るのであるが、眠気に勝てぬ毎日である。
まだまだ若い者には負けぬと頑張ってみても、やはり歳相応のリバウンドがある。
やはり、コツコツとゆったりペースでやるのが身のためでもある。

それにしても、最近のニュースは重苦しいものばかりである。
景気後退などという、生易しいものではなさそうだ。
世界規模で、戦後最大の経済危機に陥ることは、確実のようである。

しかし、悲観してばかりでは前に進めない。
冬来たりなば春遠からじである。

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by lampnosizuku | 2009-01-29 23:27 | daily

底冷えの一日


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昨日ゆるんだ寒さも、昨夜から一変した。
今日は朝から雪が降り続いている。 
気温も低く、日中の3時頃には車のウインドウが凍りついた。

この場所は、伊吹おろしの風の通り道である。
晴れた日には、雪を頂いた伊吹山を美しく見晴らすことができる。
おまけに、地図で確認すると、若狭湾から琵琶湖を通って伊勢湾へと抜ける
風の通り道でもある。

天気図やアメダスを見ていると、三重県の最北端に位置するこの辺りは
岐阜や滋賀の山間部に近く、なぜかここだけが雪雲のかかっていることが多い。
名古屋や桑名・四日市が晴天でも、ここは雪である。

この寒風の中でも、ヒイラギ南天の黄色い花が美しく咲いている。
雪にビクともしないで、逞しい奴である。

昨日は、少し寒さも緩んだので、野外の作業に取り掛かった。
Yさんが手伝いに来てくれたので、丸太を運び、セメントを捏ねて
ランプガーデンにアーチを造ることにした。
久しぶりの穴掘りとセメント捏ねは、とてもきつかったが、Yさんの助けもあって
なんとかこなす。
とりあえず、支柱を立てるところまで終了した。 あとはドア作りである。

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by lampnosizuku | 2009-01-24 22:12 | daily

まさに大寒である


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昨日は、大寒であった。
暦に合わせるかのように、この二日間は台風を思わせるような寒風が吹き荒れた。
瞬間風速も20Mくらいであった。

冷たい雨と強風に耐えるもの、力尽きるもの、ガーデンの生きものたちも様々である。
アルストロメリアやカラー、オキザリスなどの若葉は、見事にやられてしまった。
クリスマスローズは根がしっかりと張っていたのか、なんとか頑張っている。
雪や寒風に耐える生命力には、頭が下がる。

こんな寒空の中でも、メンテナンスの手を休めるわけにはいかない。
バイトの合間を縫って、作業を進めなければならない。

野ばらの移植が終わったので、細かい造作作業に入っている。
カフェ入口にチャイムを付けたり、アトリエのドアの塗り直しをしたり、
Yさんがもらって来た松の木の枝を、門柱に作り変えたり、看板のペンキの塗り直し
をしたりと、細かい作業が続いている。

やっと予定作業の二割程度が終わったところである。
外での作業が沢山あるので、晴天が続いてくれることを祈るばかりである。

ガーデンでは、気の早い雪柳がちらほら咲きだした。 アオキも大きな実を付けている。
早咲きのチューリップが若葉を出し始め、モッコウバラも枝目を膨らませている。
彼らを見ていると、こんな寒さの中でも、確かに春が近づいていると感じることができる。

四季を体感し、その移り変わりの象形に、人生を学ぶことができる地に生かされている
ことを、本当に有難いと思う。

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by lampnosizuku | 2009-01-21 23:13 | daily

今冬一番の冷え込み


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この数日は、先週の暖かさが嘘のような寒さである。
昨夜から降り出した雪が、また5センチほど積もった。
ときどき陽射しもあったが、気温は零度近くのままである。

部屋の中でも3度くらい。石油ストーブを焚いても10度位までしか上がらない。
外は雪である。 シャガール君とダヴィンチ君もストーブの前を離れない。
手持無沙汰なのか、互いの身体を舐め合っている。
いつもは、雪の中でも遊んでいるが、今日はさすがの寒さにすぐに戻ってくる。

夕方からは、気温が零度以下になり、地面が凍っている。
車のフロントガラスも凍てついている。
ガーデンの花たちも、じっとこらえて頑張っているようだが、かなり心配である。

この寒さの中でも、蝋梅や黄梅が咲いている。 
植物の世界も実に様々であると感心させられる。

寒さが厳しければ厳しいほど、強く咲く花もあるという現実を見ることは
ある意味、人生訓として学ぶものがある。

世の現実は、まさに厳しい冬が到来している。
こんな時だからこそ、自分を信じて咲かせる夢もあると思う。
「冬来たりなば春遠からじ」である。
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by lampnosizuku | 2009-01-13 23:19 | daily

ノイバラの移植


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晴天が続いている。 おまけに暖かい。
今日は違う作業を予定していたが、あまりの好天なので庭仕事に切り替える。

昨日移植したノイバラとモッコウバラが、ドームを覆うまでには数年かかる。
それまでグリーンテラスの葛を半分残すつもりでいた。
しかし、葛の勢いにバラが負けてしまうのは確実なので、計画を変更して
葛は2割くらいだけ残すことにした。

アトリエの裏に植えてあるノイバラが3年でずいぶん大きくなっていた。
2~3メートルにはなっている。
思い切って、それをテラスに移植することにした。
移植がうまくいけば、今年の夏にはドームの3割くらいがノイバラに覆われるはずである。

かなり大きいので根っ子が深そうである。
最近、力仕事をあまりしていないので少し躊躇したが、身体を鍛え直すつもりで
実行に移すことにした。

10時から始めて、掘り終ったのが11時半である。
粘土質の中、根っ子は横にも張り巡らされており、痛めないように頑張ってはみたが
力不足である。 可哀そうであったが、先の細い根っ子は切り取ってしまった。

昼食を摂って 、昼寝を20分して体力を温存する。
1時半から移植場所の穴掘りである。 やはり力がなくなってきているので
休み休みの作業となった。 40分くらいで穴掘りが終わり位置決めである。

ノイバラは棘がかなりしっかりしているので、油断するとやられる。
結果的に指が4箇所、頬が一箇所やられていた。 

腐葉土と牛フンをたっぷり入れ、とりあえず移植は3時頃終わった。
あとは、枝の誘引固定である。

これが予想に反して大変であった。 伸び放題の枝と棘のせいである。
仕方なく危ない位置のものは剪定せざるを得なかった。

誘引が終わったのは5時近く。 丸一日仕事となってしまった。
水をたっぷりやって、根付いてくれることを祈った。

もちろん、剪定したかなりの数の枝は、あちこちに挿し木したが、
この時期にうまく付いてくれるか不安であるが、彼らの生命力に期待するしかない。

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by lampnosizuku | 2009-01-08 23:50 | garden

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朝晩は冷え込むが、この数日の間、日中は初春のように暖かい。
これも、温暖化のせいなのかもしれない。

ガーデンにあるほとんどの花木にとって、暖かいことはプラスでもあるが
花木によっては、冬はしっかりと冬らしく冷え込む方が良いといわれるものもある。

彼らも、気候の変動に戸惑っている様子である。
いつもなら、まだ少し雪が残っている時期であり、水仙なども咲いていない。
今冬は、年末から水仙が咲きだしたり、ボケが花芽を膨らませたりしている。

今日、作業の合間にふとみると、バケツに植え込んであるクリスマスローズが
赤紫の花芽を大きく膨らませている。昨年より数週間も早い。
昨日見つけた、地植えのクリスマスローズの芽は固い蕾だというのに。
でも、やっぱり好きな花だけあってうれしいものである。

今日の作業は、ドームの片付けとアプローチのパーゴラの修理である。
2年前に造った枝のパーゴラが、湿気でやられてしまったので造り直すことにした。
支柱にする材料がないので、捨ててあった物干し台を使うことにした。
土台はセメンとの台形であるから丈夫である。
支柱穴に錆びた鉄パイプと竹の棒を固定して、黒く塗った。

横板のちょうど良いものがなかったので、少し細いが余っていた角材で代用した。
絡ませていたノイバラとクサスグカズラも伸びてきたので
五月ころには、なんとか絵になっているかもしれないと楽しみにしている。

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by lampnosizuku | 2009-01-07 20:52 | daily

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昨日から、1・2月の冬期休館期間を利用して、美術館やガーデンなどの
メンテナンス作業に入った。 

のんびりして休息を取りたいところであるが、予定している作業が結構あるので
そうも云っていられない。
冬の間にせねばならぬ、ガーデンの作業も結構ある。
雨や雪になると、作業ができないので、晴天の日はフル回転である。

昨日から、グリーンテラスの手直しである。
3年前から、ドームに葛を巻きつけ日よけがわりにしていた.
しかし、繁殖しすぎて他の木に巻きついたり、花を荒らすので
今年からはノイバラやナニワイバラやモッコウバラを巻きつけることにした。

ノイバラは3年前に山から採って挿し木したもの、ナニワイバラは昨年春いただいたもの
モッコウバラは一昨年買い求めたものである。
やっと、大きくなってきたので、ドームに巻きつくよう移植した。
同時に剪定した枝を何本か挿し木したが、この時期の挿し木は難しいかもしれない。

バラたちだけで、すべてを覆うまでには、数年かかるであろう。
クズの幹を数本残して、さみしくないようにしたが、クズの繁殖力は旺盛だから
バラが負けないように毎日剪定する必要に迫られるであろう。

昨日・今日、この時期にしては暖かかった。
藤原岳の雪もかなり溶けてしまったが、美しい姿を見せてくれている。

昨年より早く、クリスマスローズの花芽が起きだしたようである。

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by lampnosizuku | 2009-01-07 00:13 | daily

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正月休みが明けようとしている。
31日に作った雪だるまも、今日ですっかり融けてしまった。

風も穏やかで、少し温もりのある陽射しがうれしかった。
ガーデンの花木たちも、春の鼓動を感じているようである。
木々たちは、新芽を少しだけ膨らませている。

ヒヨドリや山鳥たちも、ガーデンに遊びに来ている。
サル君たちも忙しそうに餌を求めて、近くまでやって来る。
今日のサル軍団は30匹位、子ザルが数匹いる。
シャガール君とダヴィンチ君も、暖かさにつられてあちこち飛び回っている。

明日から、メンテナンスやガーデンの作業に取り掛かる予定である。
今年からは、ガーデン造りに精を出すつもりでいる。
本やネットなどを見て勉強しているが、花の世界は奥が深そうである。

花の名前がなかなか覚えられないので、しばらく前から名札を付けている。
毎朝、ガーデンを一周しながら、名前を覚えるように頑張っているが。

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by lampnosizuku | 2009-01-04 22:07 | daily

祈り



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物音ひとつしない静けさの中で、新たな年が始まった。
除夜の鐘の音に引き連れられて来た雪が、今もしんしんと降りつづいている。

鐘の音に誘われガーデンに出てみると、小雪の落ちて来る天空には星が瞬いている。
見上げる眼に、雪の結晶と星の輝きが重なって、僕の精神を崇高な世界へと導く。
ここならではの貴重な体験である。

もう何年つづいているのだろうか。
年明けの瞬間を祈りの中で迎えるのは。

~祈り~
それは、願いでも、夢でも、希望でもないもののような気がする。
それらを超えた、肉体の精神の根底に息づく、いのちそのものの呼びかけのような気がする。

すべてを内包する宇宙という存在には、意志がある気がしている。
宇宙の意志。 人間は、地球に存在するすべてのいのちと同様に、その意志によって
生かされている気がしてならない。
祈りは、その意志への呼びかけ、対話ではないかと思う。

だが、その意志は、人間とは何かを語ってはくれない。

人間以外の自然は、その意志に沿って生かされているような気がする。
彼らは、在りのままに生かされ、在りのままに生き、いのちの循環を繰り返している。
生かされていることに逆らい、間違いを犯しているのは人間だけかもしれない。

人間とは何か、人間がどうあるべきか。
それは、その意志に沿って生かされている、人間以外の自然から学ぶしか方法は
ないような気がしている。

降りしきる雪の中、思わず天空を見上げ、手を合わせ祈った。
by lampnosizuku | 2009-01-01 21:33 | daily