哲学舎という名の美術館館長が綴る草想ブログ


by lampnosizuku
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彼岸花も咲き始め・・・実りの秋へ

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九月も半ばを過ぎ、山肌は秋色へと色彩を濃くしてゆく。
例年より一週間くらい早い、彼岸花の開花である。

夏前に、発生がゼロであった台風も遅れを取り戻すかのように
次々に発生している。

迷走した挙句に、北海道へも上陸するという前代未聞の暴れぶりである。
今年も、観測史上初という記録が連呼される。

繰り返される災害による犠牲者の存在は
自然に対する畏敬の念を忘れた、人類の愚かさの象徴のようでもある。

自然に対しての無力さを、謙虚に受け入れられないのであろうか
人類は自らを鼓舞するように、そのはけ口を同胞である人類に向ける。

テロにせよ、戦争にせよ、いじめにせよ、差別にせよ
根底に通じるコンプレックスは、皆同類であるという気がする。

ちょうど一年前に成立させられた安保関連法などは
人類が戦後初めて、100年という非戦のスパンに挑戦しつつある偉業を無碍にした。

喧嘩をすること、戦うことは、幼児でもできる実に簡単なことなのである。
しかし、喧嘩を戦をやめること、やめさせることは、宗教人をもってしても困難である。

世界の現実を見れば、人類が退化しつつあることが分かる。
マッチポンプで戦争を仕掛け経済的に潤う一派は、決して戦場には立たないのである。

悲しいかな、彼らの振りまく幻想に、錯覚させられたままの民衆がすべて犠牲になるのである。
一年後に出てきた政策は、国民の権利を保証する予算のカットばかりである。

それらは、防衛という名目のもとに、増額を続ける防衛費に回されるのである。
それによって潤うのは誰なのかは、自明の理であるはずだが。

悲しいかな、もはや我が国には、民衆のための政治家という存在は
皆無に近いかもしれない。

・・・・・・・

自然の摂理は、不思議なほど間違うことがない。
人類の誕生前からあるのだから当たり前なのであるが・・・。

季節の移ろいに合わせて、ガーデンの花木たちも姿を変える。
5年目の栗の木が、30個くらい実を付けているが、サルくんのご馳走に。

白い水引が見事に咲いてくれた。
ムラサキシキブに負けじとシロシキブが大きく育っている。

フヨウやトラノオも元気であるし
イバラは赤い実を付け、ヒメリンゴも沢山実っている。

秋の草たちも、梅雨時に負けないくらい繁殖が早い。
草抜太郎君も老体にムチ当てて・・・。

・・・・・・・

週末の25日(日)は、秋の「音の楽芸会」である。
鍛錬を積む出演者たちには芸達者が多く、見聞きするだけでも十分に楽しめます。

お暇な方はどうぞ。
お弁当など持って、森の美味しい空気で深呼吸はいかが?

12時開館。
12時~13時  ガーデンでお弁当。  モグラマルシェ
13時~17時   音の楽芸会
参加費 2000円(フリードリンク)

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by lampnosizuku | 2016-09-19 21:26 | daily