トランスメディア提供アイコン01黄葉の美しさ



ひと雨ごとに、山が色彩を変えてゆく。

赤く染まったモミジやカエデなども美しいが
僕は、濃淡が微妙なグラデーションを描く黄葉が好きである。

今、哲学舎を囲む山々は、水彩画のような質感で色を付けている。
僕のデジカメでは、写真がうまく撮れないのが残念である。

少し、山の中を歩いて見上げれば、その美しさに圧倒される。
踏みしめる落ち葉の堆積が、疲れた足に心地よい。

日毎に、冷え込みが厳しくなってゆく。
まだ頑張って咲いていた花たちも、次々に土に還ってゆく。
土の中では、春を待ち望んでいる球根たちが元気そうである。

このひと月余り、クリスマスディスプレイのバイトで追われていた。
昨日は、名古屋の店舗でサンタのセッティングであった。

今日が雨の予報であったので
二日分を一日でこなす羽目になった。
朝から深夜一時まで、15時間労働であった。

久しぶりの重労働で、今日は一日ダウン状態。
身体中が痛く、夕方から回復してきたという有様である。

老化が進みつつある身体に、無理は効かないが
哲学舎維持のためには、頑張るしかない。









# by lampnosizuku | 2009-11-17 23:20 | daily

トランスメディア提供アイコン01裏を見せ 表を見せて 散るもみじ



日毎に、山の色合いが秋色に染まってゆく。
昨日の冷たい雨のせいか、今朝からガーデンの葉っぱたちが急に色付いた。

風は冷たく勢いを増している。
初冬という言葉がふさわしい頃となった。

芸術の森マフィーの敷地内には、二本のもみじの木がある。
数日前から色付き始めていたが、今朝は見事に真紅に染まっている。

まだ、散り始めてはいないが
赤く染まったもみじを見ると、いつも良寛さんの表題の句が思い起こされる。

春に出した若葉を、秋にはもう、ひらりひらりと散らしてゆく。
表も裏も素直に見せて、土に還ってゆくのである。

業にまみれた僕が、もみじのように散ってゆくことができるのか ・・・。
こころの内で、そうありたいと希っている自分がいることは分かっているのだが。

ガーデンの草木たちと向き合っていると
ありのままに生きている彼らが、羨ましくなることがある。

人間として生かされていることが
自分にとって、どんな意味を持っているのか
自問自答を繰り返す毎日である。

こんなに風が冷たくても、精一杯咲いている花たちがいる。










# by lampnosizuku | 2009-11-13 00:01 | daily

トランスメディア提供アイコン01紅葉前線も立ち往生か



一気に冬がやって来たと思っていたら
また数日、小春日和の暖かな日が続いている。

秋色に染まりかけていた山肌も、戸惑っている様子である。
昨日などは、蝶々もトンボも飛んでいた。

この陽気に誘いだされたのか
シャガール君が、3日間の一人旅に出ていた。
家出したのかと心配して探していたが
今日の夜、何もなかったかのように帰って来た。

ダヴィンチ君も、シャガール君がいないと
やはり、寂しかったのであろう。 この三日間は僕に付いて離れなかった。

陽気に誘われたのは、虫や鳥たちも同じであった。
バッタ君が元気を取り戻していたし、山鳥やヒヨドリも
ガーデンで賑やかに遊んでいる。

山茶花が、昨年よりひと月も早く満開である。
水仙もあちらこちらで顔を出している。

オキザリスが沢山咲き、インパチェンスもまだ咲いている。
ブライダルベールやロベリアがこの時期に咲いているのを見ると
何だか、春と錯覚してしまいそうである。

しかし、やはり実りの秋である。
クロガネモチが赤い実をたわわに付けている。

嬉しいことに、フェイジョアが初めてキウイのような実を付けた。
食べられるというので、半分に切ってスプーンで掬ってみた。
初めて食す味は、甘酸っぱい不思議な味がした。

こんな豊かな体験が出来るのも
美術館を支援してくださる方たちのおかげであると
感謝する毎日である。











# by lampnosizuku | 2009-11-10 00:00 | daily

トランスメディア提供アイコン01いのちは巡る



昨日の朝の気温は4度。
寒さで目が覚めたくらいである。 12月上旬の冷え込みとなった。

この数日の急激な冷え込みには
僕だけではなく、ガーデンの草木たちも戸惑っているようだ。

大文字草やロベリアなどは、震えているのがよく分かる。
花木たちも冬を越す準備に忙しそうである。

欅はほとんど葉っぱを落としている。
黄花コスモスも、最後の数輪を残すだけとなった。

元気なのは、吉祥草やオキザリスたちである。
万両やクリスマスホーリー、クロガネモチも赤い実を付けている。

クリスマスローズの葉っぱが、生き生きとして来た。
不思議なことに、ゼラニウムが次から次へと咲き続けている。

いろんな葉っぱが、赤く染まり始めているが
特に鮮やかに紅葉しているのは、ヤマボウシである。

赤く染まった葉を見ていると、いろいろ考えてしまう。
一本の木と人間を重ね合わせて考える癖が、僕には昔からある。

ここに越して来て、自然の中に身を置いていると
益々、人間と木は同じ存在だという思いが強くなる。

種から誕生し、芽を出して根を伸ばし、幹を太くさせ枝を張り
葉を拡げて、花を咲かせ、実を付けて種を創り、葉を枯らせて
土に還し、種を落としていのちを繋ぐ。

まるで、人間の一生と同じではないか。
彼らを観ていると、いま自分が一生の何処にいるのかを考えさせられる。

肉体だけではない。
こころや精神にも、一生という輪廻があるのだと思う。

今にも散りそうな紅葉を観ていると、自然に哲学させられるのである。













# by lampnosizuku | 2009-11-05 23:18 | daily

トランスメディア提供アイコン01山が秋色に染まってゆく



暖かい小春日和が続いていたが
昨日あたりから、急に冷え込みが増してきた。

今日は、午後から冷たい雨が降り続いている。
北海道では、初雪が降り積雪も11センチだという。

冬の足音が、段々大きくなって来たようである。
周りの山たちも、木の葉を一枚一枚と赤や黄色に染めてゆく。

伊吹山が紅葉の盛りを迎えているらしいので
あと一週間もすれば、この辺りも秋色一色となりそうである。

昨年植えた、クリスマスホーリーの苗が、赤い実を付けた。
クロガネモチも、沢山の赤い実を付けている。

吉祥草も、あちこちで花を咲かせている。
ここしばらくの陽気に誘われたのか、キンシバイが花を付けた。

名も知らぬ秋の花たちが
秋を惜しむように、あちこちで静かに咲いている。

今年も、あと二カ月である。
人と自然との、どんな出会いが待っているのであろうか。










# by lampnosizuku | 2009-11-01 13:44 | daily

トランスメディア提供アイコン01初めての綿の木に・・・



ブログの更新が、なかなか出来ない毎日が続いている。
先週から、クリスマスディスプレイの仕事が追い込みにかかっているからである。

11月20日までに完成させなければならないので
連日深夜まで作業が続く。
ディスプレイのアルバイトも、この時期が一番忙しい時でもある。

睡眠不足には弱い方なので、12時を過ぎると睡魔に襲われる。
今夜は少し早めに切り上げて、更新をせねばと頑張ってはいるが。

一昨日の朝、ガーデンに出てみると
春に植えた綿の木に白いフワフワが付いている。
楽しみにしていた綿が実ったのである。
初めて見る、木に成った綿である。

触ってみると、綿そのものである。
なんだか、とても不思議な感じである。

植物の世界の奥深さに、改めて感動させられた。

ツワブキが黄色い花を咲かせている。
クフェアが可愛らしく咲き、菊たちも一斉に花を開かせている。
春しか咲かないと思っていたアブチロンが、また咲いている。

例年よりかなり早く、サザンカや椿が咲き出した。
なんだか、今年は花たちが咲き急いでいる気がしてならない。



ディスプレイの制作場所は足の踏み場もないほどである。









# by lampnosizuku | 2009-10-29 01:04 | garden

トランスメディア提供アイコン01星に祈りを・・・



この数日、オリオン座流星群が、たくさん見られるというので
一昨日と昨日の夜、寒い中夜空を見上げていた。

流れ星が見えてる間に、祈りごとをすると叶うといわれている。
幸いなことに、30分くらいの間に5つも現れてくれた。

流れ星は、長くて2秒くらいしか光らない。
その間に、祈りごとを捧げるのは至難の業である。

ここでは、夏の夜空に流れ星を見つけることが多い。
いつも偶然に見つけるので、祈りごとが間に合わない。

今回は、祈りごとを、口の中でもごもごと云いながら
その出現を待っていた。

祈りの長さは2秒までである。
欲張ってもいけないので、叶って欲しい夢を一つだけ用意していた。
それでも、早口言葉のようにスピーディに云えるよう
もごもごとつぶやいていたのである。
同じ祈りを、5回も唱えたのだから、叶うような気がしている。

朝晩の冷え込みが、ずいぶん厳しくなって来た。
いつの間にか、虫たちの声も聞こえなくなっている。

ガーデンのケヤキも、枯れ葉を落とし始めている。
ウインターコスモスが咲き乱れ、つわぶきが花を咲かせ始めた。

ツユ草が美しい紫を演出し、ジュズサンゴが赤い実を揺らしている。
名も知らぬ花たちが、ガーデンを秋色に染めている。


今日、来館されたKさんから、珍しいものを頂戴した。
オクラの花びらである。

食べられるというので、試してみることにした。
刻んで鰹節をかけ、醤油にまぶして食してみた。

何とも云えぬ不思議な味である。
味の具合をうまく表現できないのがもどかしいが。

何事も体験であると思うが、
花びらを食するのは、初めてのような気がする。

あとでネットで調べてみた。
オクラではなく、花オクラの花びらであることが分かった。
茹でで食すると美味しいらしい。

こんな珍しいものを食することができるのも
秋のおかげかもしれない。

秋は、冬に備えて食欲が増すのであるが
食欲の秋は、人間だけに限らない。

山の動物たちにとっては、命を懸けた本能である。
昨日も、朝からサル君たちがやって来て
通路に干してあった玉ねぎを持ち去って行った。

サル君たちに盗られることは分かっていたので
半分は家の中に干してあった。

ここのガーデンには、グミや柿やサクランボがある。
来年あたりには、みかんや姫リンゴも実を付ける。

そのほとんどが、サル君やイノシシ君やシカ君の
ご馳走になるであろうが、それもお互い様である。

山や川や、畑や田んぼや、花や木や、虫や動物たちと
共生してこそ、人間たることができるからである。
















# by lampnosizuku | 2009-10-22 22:38 | daily

トランスメディア提供アイコン01枯葉に誘われて



しばらく続いていた秋晴れも、昨日は一休みである。
雷様を伴った強い雨が降りつけた。

美しい姿を見せていたコスモスたちが、いよいよ役目を終えようとしている。
バトンを受けたのは、ウインターコスモスや山茶花たちである。

ノイバラが赤い実をたくさん付けて、秋の演出に一役買っている。
姫ザクロが大きな実を付け、お茶の木も花を咲かせている。

池のホテイアオイが、まだ咲き続けているのには驚きである。
早くも水仙の芽が動き出している。

ツユ草が、可憐な姿で踏ん張っている。
コウシュンカズラも、秋風を受けて気持ち良さそうである。

天高く馬肥ゆる秋ではあるが
肥ゆるのは、馬だけではない。

猫のシャガやダヴィも、急に食欲が旺盛になり
冬に備えて肥えてゆく。

秋に食欲が増進するのは、冬に備えて体力を増強させようとする
自然の摂理なのかもしれない。

それとは反対に、冬に備えて葉を枯らし
養分を地中に貯え春を待つ、花木の知恵も自然の摂理である。

ガーデンの欅を始め、落葉樹たちは枯葉を落として冬支度である。
枯葉が舞うたびに、冬の足音が近づいて来るようだ。

身体が、季節の移ろいに合わせて変化するように
こころや精神にも、四季がある気がしている。

長い冬を続けているこころや精神にも、必ず春が訪れることを
素直に信じたいものである。








# by lampnosizuku | 2009-10-19 00:13 | daily

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